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いじめ問題のトピックス2010/1
2010年1月いじめ問題に関するニュース01/28高畠高の女生徒自殺:損賠訴訟 県側、全面的に争う姿勢−初弁論
01/08いじめ防止へ全校生徒が真剣に話し合い、中学校で集会/秦野
01/05光を求めて/4 中学校にいじめ認めさせる/神奈川

2010 1 27
高畠高の女生徒自殺:損賠訴訟 県側、全面的に争う姿勢−初弁論/山形
◇「いじめ確認されず」
高畠町の県立高畠高(橋本義和校長)で06年11月、2年生だった渋谷美穂さん(当時16歳)が自殺したのは、学校が安全配慮義務を怠った過失があったとして、両親が県に計8920万円の損害賠償を求めた訴訟の初弁論が26日、山形地裁(石栗正子裁判長)で開かれた。県側は「生徒や教職員への聞き取り調査でいじめは確認されなかった」と全面的に争う姿勢を見せた。
訴状によると、両親は美穂さんが飛び降り自殺したのは級友から「くさい」「きもい」などと言われたいじめが原因としたうえ、高校生の日常的ケアなど自殺対策をしなかった▽屋根にいた美穂さんを確認後、1階に教員が一人も下りないなど回避措置が不十分だった−−と学校側の過失を訴えている。
これに対し、県側は答弁書で、カウンセラーを置くなどいじめの予防・根絶に努めていた▽屋根にいた美穂さんを確認後、マットを取りに行こうとするなど最善の措置をした−−と主張した。
母真理子さん(49)は法廷で「調査報告書は『他の生徒に向けられたいじめを自分と勘違いして死んだのではないか』という説明だった。これでは納得できない。訴訟を通し、娘の死の原因を知りたい」と意見陳述した。父登喜男さん(57)は記者会見で「いじめ自殺は教育問題の根幹。訴訟を通し、社会に警鐘を鳴らしたい」と語った
毎日新聞  このページのTOPへ
   
2010 1 8
いじめ防止へ全校生徒が真剣に話し合い、中学校で集会/秦野
全校一体でいじめ防止活動に取り組んでいる秦野市緑町の市立南中学校(米山和久校長)で8日、全校生徒が参加した「いじめ防止集会」が開かれ、いじめについて生徒が真剣に話し合った。同校では3年前から活動に取り組んでおり、「いじめを感じる」と答える生徒が激減しているという。
同校体育館で行われた集会では、いじめに関するビデオを鑑賞した後、「あなたがこのクラスにいたら、いじめを止める気持ちは何パーセント」とアンケート。結果をもとに意見交換し、なぜいじめを止めることができないかを考えた。
生徒たちは「助けたいが自分が標的になるのが怖い」「きれい事を言うのは簡単。行動に移せない」「許さない空気をつくることが大事」など正直な気持ちをぶつけ合った。会場から拍手が送られたのが「心優しい人をたくさんつくる」という意見だった。
同校では2007年度に、いじめを「しない、させない、見過ごさない」の3原則を掲げ、08年度は「ころす、うざい、しね、きもい」防止キャンペーンを行った。その結果、生徒への「いじめを感じていますか」という調査で、06年度には55%だった「はい」が、07年度6%、08年度7%、09年度11%となった。
同校では「言葉のキャンペーンで意識を持たせることが狙いだった。いじめを感じる生徒が減ったのは、学校一体となって取り組んだ成果」と話している。 このページのTOPへ

2010 1 5
光を求めて/4 中学校にいじめ認めさせる/神奈川
◇7年かかった“卒業証書” 判決で「間違っていなかった」
「判決は一生の宝物です」。県内の大学に通う1年生の桜井綾子さん(仮名、19歳)は09年6月、晴れやかな表情で語った。藤沢市の市立中学でいじめを受け難聴などになったとして賠償を求めた訴訟で、横浜地裁は市に支払いを命じたのだ。
「中学校にいじめを認めさせる」ため自ら選んだ闘い。晴れやかな表情は、勝ったから、だけではない。新たな一歩を踏み出せるという喜び。判決は、過去と決別し、夢へと後押しする“卒業証書”でもあった。
◇   ◇
入学して間もない部活動中に「先輩への言葉遣いが悪い」と言われたのが始まりだった。1年生の夏、カバンをズタズタに切られる。物がなくなる、暴言を浴びせられる……。被害が続いていた2年生の9月、耳が聞こえにくくなった。「心因性」だと精神科医は告げる。記憶が欠落する「解離症状」も現れた。母親に「今から帰るから」と電話した後、どこを通り、誰に会ったのか思い出せない。
医師は幾度も転校を勧めたが「転校したら負け」と応じなかった。負けず嫌いな性格だ。3年進級前、親が学校に掛け合い、仲の良い友達3人を同じクラスにしてもらった。そんな友達が支えだった。自分に原因があるのか確認したくて「これっておかしいよね?」と問いかけると、励ましてくれた。
ところが教師や学校は違った。部活顧問の男性教諭はカバン事件を校長らに報告さえしない。3年生の10月、セーターを切られ、心当たりの名を学年主任に告げると、「彼女を疑うことは中学生の常識としておかしい」と怒鳴りつけられた。「中学生の常識って何?」「私、間違ってるの? 間違ってるなら直したい」。疑問を抱えたまま卒業した。
加害者たちと別々の高校に進んだことでいじめは終わったが「被害」は続く。たまたま通学電車で、その一人を見掛けた高校入学直後のある日、体育の授業で倒れた。一言も交わしてなどいないのに、体が悲鳴を上げたのだ。同じように見掛けるだけで、じんましんが出て、全身に広がり救急病院に運び込まれたこともあった。
ただ、日常の風景から消えた加害者よりも、中学校への疑問が募った。高校が「中学校とは対照的」な校風だったのも大きい。いじめを全校集会で明らかにし、加害者を退学させたこともある。安心して通える高校で教師への信頼感を取り戻せた分、加害者を指導せず逆に被害者の自分を責めた中学の教師に対して「大人から受けたいじめ」と感じた。
「同じように、つらい思いをする人をなくしたい」。両親とともに立ち上がった。
文部科学省や県への相談、警察への被害届。「どうしたら学校はいじめを認めてくれるのか」と試行錯誤し、行き着いたのが訴訟だった。経験がないからと最初は断った西川茂弁護士も、熱意にほだされて引き受けてくれた。07年10月提訴、高校2年生になっていた。
記憶をたどって綾子さんが被害を語り、母親が書き取り、地裁に出す書類を作成していく。過去を思い出すのは大変だった。だが事実に反する市側の主張を聞くにつけ、「次はどんなことを言ってくるんだろう」と楽しむ余裕も出てきた。
大学に進み、判決を目前に控えた09年春。いつもの「記憶は飛びませんか」という医師の質問に、初めてはっきりと答えられた。
「大丈夫です」
中学1年生から続いた通院が終わった。
判決の日。その内容に、綾子さんは両親と共に涙ぐんだ。三代川俊一郎裁判官は、「加害者が特定できなかった」などの市側主張を退け、カバン事件などの被害について「明らかな犯罪行為」と指摘。「問題解決の努力に欠けていた」と学校を批判した。市側は控訴せず勝訴が確定、賠償金は振り込まれた。学校からも市からも加害者からも、謝罪はない。
◇   ◇
09年12月、綾子さんは高校卒業以来初めて母校を訪れた。介護福祉士の国家試験対策講座を受講するためだ。試験には既に合格しているが、訴訟などに追われるうちに忘れてしまった知識を取り戻したい。大学では福祉学を専攻し、進路について思いを巡らす。
高校受験で失敗し一度はあきらめた看護師、不登校の子を支援するスクールソーシャルワーカー、希望を与えてくれた「高校」の教師……。自分が間違っていなかったと判決が認めてくれたから考えられるようになった、と目を輝かせる。
「7年間かかって中学校を卒業した気分なんです」
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